2010年12月29日

温泉に入りに、箱根へドライブ

明日30日から、現在関与しているプロジェクトの本番移行が本格化するので、昼夜逆転+睡眠不足な生活になる。

拘束時間は今のところ、
12/30 23:00 - 12/31 9:00
12/31 21:00 - 1/1 8:00
の予定だが、きっと、もっと延びる。

大晦日に、朝まで働き、12時間の休憩で再度夜勤に行って職場で年越しというのが、なんとも切ない。

体力温存のため、今日は完全オフ日。
温泉を求めて箱根に行って来た。

前日まで、車で行くか、箱根登山鉄道で行くか悩んでいたが、今朝起きてみると、見事な快晴。
これは、御殿場側から箱根を攻めれば、文句なしに美しい富士山が拝めると判断し、電車という選択肢はなくなった。御殿場経由で車で行こう。
東京i.c.から東名高速に入ると、帰省ラッシュが始まっていて大和トンネル先頭の渋滞が6キロ。帰省の車に囲まれると、少し、家に(実家に)帰りたくなった。

午前中のうちに箱根に登り、まず行ったのが、
箱根大平台温泉 姫之湯
http://www.himenoyu.net/

「スパ・ミシュラン」
http://www21.ocn.ne.jp/~spa-mich/todofuken/kanagawa/075_himenoyu.htm

地元の人が協力して掘った温泉ということで、地域の湯といった風情。
入湯料も、400円とお手頃。
天然温泉かけ流しの贅沢な湯だが、とにかく湯温が高い。
熱くて、何分も入っていられなかった。
他に来ていた入浴客は、地元のおじいちゃん達。
外様がお邪魔しているような居心地の悪さで、足早においとました。

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2010年06月06日

シンガポール往復24時間の旅

帰国した途端、成田の税関で怪しまれ、事情聴取+手荷物のチェックを受けた。
税関に怪しい客が来ると、すぐに周りの税関職員が寄って来るものらしい。
麻薬などを所持していた場合、逃走されないようにか…。

確かに、27時間前に日本を出国した人間が、シンガポールの出入国印が入ったパスポートを持って帰って来たら、理由を問いただしたくもなるだろう。
正直に、「今回シンガポールで発券された航空券を購入して米国を旅行したので、最後にシンガポールまで行かなくてはいけなかったのです。」と言って荷物を見せたら、納得してくれ、無罪放免。
職員に囲まれ、ちょっと怖かった。

…何はともあれ、無事に土日で往復して参りました。

土曜朝5時半起床。日暮里から京成スカイライナーに乗って、成田へ。
往路は、ANAのB767-300ER。
自動チェックイン機でチェックインしたら、出てきたシート番号は1A。
嬉しいBusiness Classへのアップグレード。
機内では勉強する予定が、快適過ぎて良く眠れた。
食前酒のはずの白ワインが、食中・食後、頼まないのに自動的にサーブされる。
何というサービスの良さ。美味しかった。

酔いも醒めぬうちに、SINに到着。
ホテルにチェックインすると、廊下が屋外に面したバルコニーになっていて、R/Wが窓ガラスなしで見える。
丁度良く、目の前にSQのA380がスポットインしているではないか。

もう、市内とか行かずにここで明日朝まで過ごしても良いのではないか…。
と言うわけにもいかず、まずは空港に戻り、明日のチェックインカウンターの場所を探しておこう。
空港内をブラブラしていたら、軽く1時間が過ぎた。

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2010年06月01日

白川郷・五箇山に行ってきました

前掲エントリーの通り、週末、久々の超ロングドライブで、白川郷・五箇山を1泊2日で攻めた。
合計971kmは、2日間の走行距離としては、おそらく大学を卒業以来の最長記録。
そんな、年甲斐のない無茶苦茶なドライブプランも悪くないな、と思うくらい、面白かったが。

「白川郷に行ってみたい」
そう言い出したのは、他ならぬ自分だった。
昨年12月に、坪田邸で開かれた「綱島会」で、白川郷・五箇山の写真を見て、行きたいと言い出したところ、話はどんどん進んだ。
ところが、肝心の参加者が集まらない。
5月になって、飯盛研のOB/OG・現役に声をかけたが、なにせ急だったので、返事が来ない。
坪田さんとも、80%中止だと話していたが、國領研の学生が「行きたいです」と熱意を示してくれ、NPO仲間だという他大学の学生を集め、人数を揃えてくれた。

誰かが言い出せば、案外実現するものだ。

参加してくれたのは、國領研3年のIくんと、学習院大学・中央大学の2年生の学生2人。
それに、綱島会でご一緒だった同期の南さんと、坪田さん。

土曜朝6時半、初対面の5人がJR目黒駅に集合。
見ず知らずの6名が集まり、岐阜・富山まで旅をする。信じられない。
正直に言うと、集合するまで、全員集まるかすら不安だった。

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2010年05月06日

Day 4 HBS -Harvard Business School-

世界一有名な、HBSのケースメソッドを体験するのは、実は簡単だった。
HBSのAdmissionのページに行き、サインすれば誰でも申し込むことが出来る。

昨日の朝、HBSのディスカッションを聴講した。
決して遅刻するまいと集合より1時間も早く、地下鉄でハーバードに到着する。
天気が良く、赤レンガのキャンパスが実に映える。綺麗!!

Harvardの本校舎があるエリアから、川をわたり、高速道路を越えたところに、HBSがある。
Admission Officeへ行くと、スーツを着込んだ人が数名。入学試験の面接らしい。
非常に緊張して、コチコチになりながら本を読んでいた。
どんなエリートでも、試験の前は緊張するんだな。

クラスへは、ホスト役の学生が案内してくれた。
Corporate Responsibiltyのクラスで、あるジレンマを抱えた経営者の意思決定がケースとなっていた、ように思う。(教材はもらっていない。)
授業前の教室は異様にテンションが高い。祭みたいだ。
時間になると、急に静まり返る。
"Good morning Section C"
"Good morning!"
学生が元気良く、声を揃えて教授に挨拶する。清々しい。
その後、"We have 4 guests today"と言って私の名前も呼ばれ、教室から拍手が沸いた。

ケースディスカッションは、ある意味バトル。
一人が発言すると、その直後に教室の半分の手が挙がる。
教授に指名されないと発言出来ない。
おかしな発言には、教室から容赦なく笑い声が出る。
足の引っ張り合いではないのだろうが、平和ではない。

90分のディスカッションが、熱気が冷めないまま終わった。
授業が終わると、信じられないくらい親しげに会話をしている。
この辺も、面白い。
正直、ディスカッションのスピードについていけず、言っていることが聞き取れないことの方が多かったが、激論の一旦に触れた。

その後、在学生とのランチ。
授業のスタイルと成績評価などについて質問。
いろいろと面白い答えが返って来た。

カフェテリアに食器を返しに行く。
さて、帰るか。次はMITへ行こう。
そう思いながらカフェテリアを見渡すと、見慣れた顔が口をあんぐり開いてこっちを見ている。
ますゆきさんと、島田さん…。

なんと、Bostonまで来て、研究会の先輩にばったり遭遇した。
信じられないが、本当に偶然。

この奇跡的な出会いのお陰で、松本研出身のHBS在学生を紹介して頂き、その後にお茶をしながらいろいろとお話しを聞くことが出来た。
神戸から来ていた、これまで全くご縁がなかった方も、僕のSFC1年目のクラス同級生の職場の先輩なことが判明。
旅の恥を掻き捨て、なんて絶対ウソ。誰かが見ている…こともある。

ますゆきさんと、学校を散策し、ずいぶんいろいろなお話しが出来た。
その後の、HBS在学中の先輩のコメントは、刺激が強いの一言。

その件は、また追々書くことにしよう。
明日は最終日。朝一番の飛行機でバージニアへ向かいます。
今日のWhartonのレポートと合わせ、明日移行の更新で。(そろそろ寝ないと、明日も4時起きなので…今朝も4時だったけど。)

2010年05月03日

Day 1 & 2 New York

New Yorkに来るのは、3年半ぶり。

毎回、通り過ぎるように1日か2日滞在するだけで、ゆっくり見て回ったことがない気がする。
そういえば、高校2年の時、祖父母のお供で来た時は、3泊滞在した。あの時はツアーだったけど、自由の女神とか、倒壊する前のWTCとかに行った。
あれ以来、好きなんだよな。NYは。

5月1日午前、JFKに到着。
体が痛い。成田のチェックインカウンターで出てきた搭乗券は、期待が外れ、エコノミークラスだった。
時差13時間で、丁度昼夜が逆転する。夜のはずなのに、もう一度朝が始まった。

この日は夕方、マンハッタン郊外にある、知人の家を訪問。
マンハッタンを北に出た地域は治安が良く、とても静か。
子どもがいる日本人は、多くがこの辺に住んでいるらしい。
ベランダでBBQをし、6歳の双子の子どもとサッカーやら何やらをして遊んだ。
生活が豊か。うらやましい。

夜、遅い電車でマンハッタンに戻ると、何故かBroadwayが警察に封鎖されている。
別に物々しい雰囲気でもなく、バイクで道を塞いでいる警察官は談笑しているし、そのすぐ横のオープンカフェでは楽しそうに酒を飲んでいる。
何かイベントでもやるのかな、と思ったが、実はテロ予告だったことを後で知る。
自分が泊まった8th Ave.のホテルの、すぐ横まで立ち入り禁止だった。
確かに少し騒がしかったが、封鎖された道路のすぐ横のパブに行ったら、中では普通に飲みながら盛り上がっている。

テロって、慣れるものなのか?

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2010年04月12日

高社山麓と、善光寺

前掲エントリーに書いた通り、帰り道に事故に遭遇したことを抜きにすれば、長野ドライブ旅行は自然に癒される、いい感じの癒し系ドライブだった。

高社山麓と、善光寺

日曜午後、渋谷の予備校でTOEFL対策のクラスを受けた後、そのまま練馬を目指し、ガラ空きの関越道を快適ドライブ。
東京へ向かう対向車線の混み具合を見て、日曜午後に出かける心地よさを知った。

長野県木島平にある、高社山麓みゆきの杜ユースホステルに一泊。
宿泊客は、自分と、みゆきの杜ユースで知り合って結婚したというご夫婦(妊娠9ヶ月で臨月!)だけで、夕食を食べながらすっかり意気投合。

送信者 高社山麓と、善光寺

翌朝5時半に、この夫婦が乗ってきた30年モノのランクルに乗って、馬曲温泉に一番風呂を浴びに行った。

温泉後は、美味な朝食を食し、1年半前に来たのと同じコースを通って小布施に抜け、下道で長野市へ。
善光寺にお参りしたら、ご本尊の目の前の一番目立つところで、200円で恋愛おみくじを売っていた。その恋愛おみくじの入った箱に書かれた、英語表記が滅茶苦茶で、"Love Romance Omikuji"
そんな胡散臭いものを、本尊の目の前で仏様のお言葉と称して売って商売をすること自体、この上なく不遜だと思うのだが。
大体、英語の看板をつけても、和歌やら何やらが日本語でかかれたおみくじは、日本語が読めないと解読不能。その商売根性に、正直あきれ返った。

後は蕎麦を食べ、ぶらぶらと散歩して土産を買い、帰り道に松本市にちょっと寄ろうと思って早めに長野市を出発。
結局、事故で時間がなくなったのと、気力がなくなってしまったので、そのまま帰宅した。
来週から、また土日もギッチリやらないと。でも、たまには、ドライブ悪くないかな。

2010年01月09日

行ってみたら、そこは刑務所だった…(2日目日記)

今日は気ままな市内観光。

Singapore-Jan2010

朝、ホテルでお腹いっぱいに朝食を食べ、すぐ前のバス停から、路線バスに乗り込む。
目指すは、Changi Prison Chapel and Museum(チャンギ刑務所礼拝堂&博物館)。
第二次大戦中、日本軍の捕虜となったイギリス人やオーストラリア人の連合軍兵士の収容所として使われた場所で、皮肉にも終戦後は日本軍の戦犯が収容された。
連合軍の捕虜によって建てられたチャペルが残り、博物館になっている。

シンガポールの路線バスは、英国風ダブルデッカーでとても快適だが、車内で次の停留所を告げるアナウンスが流れない。
窓の外の景色に目を凝らして、降りる場所を探した。
自動車向けの大きな道路標識に、"Changi Prison Complex"と書いてある。
そろそろ近くだろう、と思っていたら、"Changi Prison"というバス停を発見。
降りようと思って外を見ると、大きな建物が沢山並び、高くて立派な塀で囲まれている。
これはもしかして、現在稼動している、ホンモノの刑務所…。

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2010年01月08日

熱いです、シンガポール

今朝7時、チャンギ国際空港内にある、トランジットホテルで目が覚める。
24時間営業の飲食店で、シンガポール風のヌードルを食べ、のんびり飛行機を眺めながらコーヒーを一杯。
そろそろ入国するか。
入国審査・通関を済ませ、シンガポールに入国した。

成田発のNowthwestがチャンギに着いたのは、今日未明、午前1時だった。
別に、そのまま入国し、タクシーで市内に向かってホテルにチェックインすることも可能だが、さすがに夜中に初めての街を移動するのは心細かったのと、ちょっと空港施設に興味が湧いたこともあり、空港内で一泊することに決めた。
トランジットホテルは、値段も格安だが、内容もその通りで、バスもトイレもない、ただのベッドルームだった。

空港内を走る、スカイトレインでTerminal2へ移動し、そこからMRTで市内に向かう。
駅に出た瞬間、うわ、蒸し暑い。
初めて来たのに、何だか懐かしい感じだった。
これ、何だったけ…そうだ、上海だ。
梅雨の上海も、こんな感じだった。
市内の雰囲気も、何となく似ている。
発展途上というか、まだ熱いです、というか。
説明するのは難しいが。

むむ…、電車の中で、3人に1人は、iPhoneを持っているのではないか。
それは言いすぎだろうが、それくらいiPhone普及率が高い。

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2009年09月21日

今年のサプライズ

一昨年:
ドイツ一周旅行。渡航中に、安倍首相突然の辞任&入院
昨年:
カナダで大豆畑巡り。渡航中に、福田首相突然の辞任&会見中に逆ギレ

天下動乱を防ぐため、自分は海外渡航しない方が良いのではないかと思ってもみたが、今年も9月に行ってしまった。

今年の場合、予定通り、平和裏に権力の委譲が行われたようで、まあ何もサプライズはなかったのだが、熊が出たりしんちゃんの作者が死んだりと、1週間日本のニュースを離れると、まあいろいろとあるものだ。
とりあえず、「郵政・金融大臣」というネーミングには驚いた。

鳩山政権は、既に外遊がスタートしており、1週間の間にいくらでも駒は動く。
人生、もたもたはしていられない。

海外で、密度の濃い1週間を過ごして帰国し、普段何気なく過ごしている1週間が、いかに何となく時間を過ごして来たのか、良く分かった。
毎年、思うことでもあるのだけど。
今日、引退を表明した小宮山投手の言葉が、胸に突き刺さった。

往復の航空券はマイルで、宿も会社の福利厚生ポイントを使ったり、ユースホステルなど安宿を中心に回ったが、何せ物価が高すぎて、随分苦しい旅になった。
その分、旅行しながら頭を使う機会が多かったので、「走りながら考える」を実践出来る機会ではあったのだが…。
そんなに、器用ではない。
悩みながらベッドに入ったら、一晩中、仕事の夢を見て魘された。
何のためのバケーションじゃ…。

日記と写真は、追々公開します。

2009年02月11日

スキーブーム復活の兆しか!?

週末の話だが、古い友人3人で、八ヶ岳にスキーに行った。

最初に一緒にスキーに行ったのは、大学2年の時。
湘南台3丁目にあった僕の家に前日から泊り込み、朝5時前に家を出て、無意味に箱根経由のドライブをして行き、1日中滑り、日帰りで帰ってきたのだから、体力があったものだ。
それ以来、何だかんだで毎年のようにスキーに行っている。

毎年同じスキー場に行っているけれど、今年は今までで一番賑わっていたような気がする。
学生時代は平日に行っていたので、単純には比較出来ないが、リフトにも久しぶりに並んだ。
昔は当然だったのにな。
リフトに並ぶスキーヤー
そして、ゲレンデにたくさんいたのが、一世代前のような、長いスキーにカラフルなウェアを着込んだ、往年のスキーヤー。
もちろんボーダーも結構いたが、あれ、と思うほどスキーヤーが多かった。
カービング全盛の今にあって、真っ直ぐで長いスキーはちょっと格好良かった。
自分が小学生の頃に戻った感覚か。

スキーブームが戻って来たのか。
だとすると、とてもうれしい。。違うかな。

2008年11月03日

みゆきの杜ユースホステルと、飯山の里山

文化の日の3連休に、里山の紅葉を求めて長野県飯山に行ってきた。

お世話になったのが、北信州・きじま平高社山麓みゆきの杜ユースホステル

夕食が自慢のYHだったのに、到着が遅れてありつけず。
これは非常に後悔。また、行くしかない。

夜は、鉄道マニアなペアレントさんが「YHのため(!?)」にお作りになったという鉄道模型を動かし、奥様の手作りケーキに高社山の伏流水で淹れたコーヒーを啜りながら、非常に鉄道マニア度の高い話題に華が咲いた。
宿泊客は皆さんベテランホステラーで、「1982年生まれです」と言ったら、少し驚かれた。
奇しくも、本棚に82年1月の国鉄時刻表があり、何とも感慨深い。
東北新幹線開通前夜の、「L特急はつかり」が上野まで走っている時刻表が拝めた。
「L特急」という言葉も、そういえば懐かしい。
ご自慢の、鉄道模型 手作りケーキ

翌日、YHをチェックアウトし、すぐそばにある木島平スキー場へ行ってみる。
車で山をどんどん登るにつれ、突然、霧の上に出た。山の上の方には、霧がかかっていない。
川から水蒸気が昇って、こんな現象が起こっているそうな。
下は一面、雲の中。

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2008年10月05日

かつぬまぶどうまつりで、日中食べ続け飲み続け…

週末、友人のおばあさまからお招き頂き、勝沼(山梨県甲州市)のぶどうまつりに行って来た。

「例の3人組」で行くはずだったが、一人、一週間泊り込みのハードワークから想定以上に消耗し、今回は残念ながらキャンセル。
その結果として、今回は天気に恵まれた(違)

それはさておき、金曜夜に武蔵小杉に集合して、夜中の中央道を飛ばしてふらりと勝沼まで走った。

第55回甲州市かつぬまぶどうまつり

お祭りもさることながら、そのおばあさまのお宅のご馳走&酒の振る舞い方の半端ないこと。
昼食でワイン1本、午後になって、他にお客さまが見えてから、ワインを開けること開けること、延べ8本。
食事も、午後4時から8時過ぎまで、休憩しながらずっと食事タイム
栗がふんだんに使われたおこわに、煮しめにお味噌汁に、もちろんたっぷりと新鮮な葡萄にと、「もうお腹いっぱいです」と何回も言いながら、それでも食べ続けた。
酔うこと食うこと…ここまでやると、滅多にない体験。

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2008年09月02日

五大湖を越え

オンタリオ州ロンドンというところに来ました。

信じられないくらい、暑い。
最高気温28度で、直射日光を浴びると日焼けする日焼けする。

畑がどこまでも広がる景色が綺麗。
いや、広いわ。

2007年11月25日

ドライブ旅行:大阪から大分まで車で

帰宅して自分のBLOGを開き、旅行中に5枚もmoblogをアップしていたことに気づき、自分にちょっと唖然とした。
moblogが既に雄弁に語ってくれているので、もはやこれ以上説明する必要もないかもしれない。

3連休に前の愛車EXiVを駆り出し、九州に行ってきた。
九州に行くのは、飛行機の乗り換えで福岡空港に立ち寄ったことを除けば大学入学直前の時以来。
北国出身で東日本は帰省も含めよく旅行するのだが、なぜか九州はご縁がない場所だった。

失効間近のJALのICクーポンで大阪往復便が買え、大阪まで13,000円の出費でシャトル便往復切符を買うことが出来たので、金曜朝の飛行機で大阪へ飛ぶ。
伊丹空港からずーっと山陽道を西へ走った。
羽田から伊丹へ飛ぶB777 山陽道。紅葉が綺麗

弟が9月に一人で兵庫から九州まで運転し、簡単だった風なことを言うので話に乗ったが、いざ走ってみると九州遠い。考えるまでもなく、大阪-福岡間は航空便が飛ぶ距離。
車で移動するのはたやすくない。
関門橋
本州と四国を結ぶ関門橋。想像していたよりかなり短くてビックリ。

九州に入ってからさらに下道を2時間ほど走り、大分県九重町にある小さな温泉旅館に一泊。
質素でボロくて、いい旅館だった。底冷えがして寒かったけど。

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2007年10月14日

5日間でドイツ一周(駆け足過ぎ!?) #7

やっと書き終わったよ、ドイツ日記。
帰国してもうすぐ一ヶ月!仕事遅いなぁ。

ベルリンのホテルを朝早く出て、ICEで最終目的地ハンブルクへと向かった。
ICE
ICEの最前列はこんな展望車になっていて、運転席の目線からの景色が堪能できた。面白かったなー。

≪Hamburg≫
ハンブルクは、叔父が昔ケーキ職人修行をしていた街。
「是非行ってみて!」という勧めがあり、かなり無理をして最後に観光する計画を立てた。
ハンブルク
確かにいい街だった。ドイツでも一番、裕福な街。
ハンザ同盟の時代から、富裕層が多く住む所で、ブティックの充実度は欧州でも有数か。ショッピング天国だが、街の雰囲気は落ち着いていて、人も優しかった。
魚料理が食べられるのも魅力。ここからはアムステルダムやコペンハーゲンなど、北欧の入り口も近い。外国に開かれた街だ。

街をブラブラし、買い物を楽しみ、頼まれていたテディベアのお土産を買い、叔父が勤めていたケーキ屋さんにも行ってみた。
夜は、市庁舎で北部らしいカレイの料理とビールを。
超駆け足のドイツ旅行の終着点到達を一人で勝手に祝った。

翌朝4時起床。6時発のLH1便でフランクフルトを目指し、再びシンガポールと関空を経由して日本に戻った。
帰国便、シンガポール航空のB747-400

5日間でドイツ一周(駆け足過ぎ!?) #6

≪Berlin≫

夜行列車で到着したら、ベルリンは快晴だった。
見事な朝の青空。ドイツに到着してから、初めて見る青空。欧州の秋。

取りあえずホテルを決め、荷物を預ける。
今日は丸一日ベルリン観光が出来る。
夜行列車って便利。快適に眠れたし。

東西に分割統治され別々に発展したベルリンは、とにかく広い。
でかい都市と言えば、東京・ニューヨーク・ベルリンらしい。
一日で歩いて回ってみるつもりだったが、旧東ベルリンだけでも全く回りきれなかった。いい街だったし、また今度のんびり来てみたいなー。

旧東ベルリンの大きな通り(町並みが綺麗!)をブラブラと歩くと、フランデンブルク門(写真左)が見えて来る。この門のすぐ目の前にベルリンの壁が建てられ、崩壊した時には無数の写真の被写体となった。現在は、統一ドイツの象徴となっている。
その後、再開発区域のポツダム広場(ソニーセンターやベルリンフィルのホールがある)をぶらぶら見学し、ベルリンの壁に沿って移動してSSS・ゲシュタポの跡地へ。ナチに犯罪を徹底的に断罪する展示がされている。
さらに歩いて、ベルリンの壁博物館。東から西へ、家族を逃がすために行われた無数の試み(大半は失敗して命を落とした)が紹介されている。
博物館島にあるDDR博物館では、旧東ドイツの生活が展示されている。配給が基本の生活で、バカンスのための水着が変えなかった東ドイツの若い男女が、恥部を一切隠さず素っ裸でビーチバレーをしている実写の写真が、でかでかと展示されていた。展示の趣旨は分かるが、裸見せすぎ…。

見所がありすぎるよ、ベルリン。まったく時間が足りなかった。
その後、最近のベルリンでは一番人気というドイツ連邦議会議事堂を40分並んで見学し、食事をしてホテルに戻った。
ベルリンは滅茶苦茶面白い。また来ないと…!!

2007年10月05日

5日間でドイツ一周(駆け足過ぎ!?) #5

≪München≫
Fussenの居心地がよく、思いがけず長居をしてしまったため、ミュンヘンに滞在したのは夕方ほんの数時間だった。
オリンピック公園にあるという、BMW博物館に行ってみる。
時間がないので、駅からタクシーに乗った。
タクシーはベンツCクラス。結構美人な女のドライバーで、エンジンをかけるとカーステレオからはモーツアルトが聞こえてきた。優雅なタクシーだ。

BMW博物館は、現在改装中で、公園内に仮設施設がある。
展示も小規模だが、往年の名車が数ピース見られ、満足。
その後はオリンピック公園のタワーに昇って市内を眺め、地下鉄で市街へ。
市庁舎の地下でミュンヘン名物白ソーセージを食し、夜行列車が出る中央駅へぶらぶら歩いた。

2007年10月01日

5日間でドイツ一周(駆け足過ぎ!?) #4

≪Neuschwanstein≫
バイエルン国王ルートヴィヒ二世が、ワーグナーのオペラを現実のものにしようと建てた白亜の城。
妄想をリアルスペースに実現してしまったような冗談のような城で、白亜の外観はあまりにメルヘンチックなのでディズニーランドにいるような幻想を覚えた。リアルとバーチャルの境目か。
ノイシュヴァンシュタイン城 ノイシュヴァンシュタイン城

前日の夜、Fussenのユースホステルで同室だった一橋大学の学生と二人、Fussenから2時間くらいかけ、徒歩で城まで登った。
「バス車来るまで45分ありますよ。待ちます?」
「45分待つんだったら歩けるんじゃない?」(←ワタクシ)
「そうっすね」
という意図も簡単なやり取りで決まったが、実際歩いてみると上り坂が続き、相当くたびれた。当然か。
途中、雨上がりの空から太陽が顔を出し、ホーエンシュヴァンガウ城を照らしてこんな光の傑作を見せてくれた。
これには二人、足を止めて言葉を失う。マジで綺麗だった。
ホーエンシュヴァンガウ城

お城を見学し、Fussenに戻ってのんびりランチを食べ、普通電車でミュンヘンを目指した。

2007年09月30日

5日間でドイツ一周(駆け足過ぎ!?) #3

≪Die Romantische Strasse≫
2日目は「ロマンチック街道」を走るバスで、Fussenを目指した。
この有名な街道は、ドイツのヴュルツブルクからフュッセンまでの366kmの街道ルート。
アウグスブルクの市長であったヴェーゲの提案で1950年に命名された。
昔は実際に一本の旧街道があったらしいが、現在は高速道路が整備されたこともあり、街道としては分断されてしまっている。

鉄道でのアクセスは悪いので、バスの利用が便利。とても日本人に人気があるので、JALのバスとか日本語で案内してくれるバスも毎日走っているらしい。
今回お世話になったのは、ドイツツーリングのロマンチック街道ルート。オンラインで予約しておける。
このバス、間違いなく便利なのだが、運転手が相当いい加減で、途中停まるべき観光地をスキップしたり、下道で走るべきところ幹線でバイパスしたりしていたらしく、同乗した韓国人のお客さんがキレていた。完全禁煙のバスなのに運転手だけ吸いながら運転するし、確かに感じがとても悪いおっさんだった。

バスは、フランクフルトの駅を朝8時に出発する。
寝坊しないように携帯のアラームをかけ、朝食も取らずにユースホステルを一人出て駅に向かった。
バスに乗ると安心してウトウト。バスはアウトバーンを走っていたが、速度が遅いのでBMWやワーゲンに抜かれまくっていた。確かに3車線目を走る車は速い。200キロは軽く超えているように見えた。
バスはロマンチック街道に入ると、見どころの1都市ずつ寄り、30分から45分程度の停車時間ですぐに出発する。途中下車も出来るので、たいていの旅行者は寄りたい街で途中下車して一泊し、翌日のバスを待つみたい。やはり無謀だったか、5日でドイツ一周…。
でも、寄った各都市でワインを飲んだり写真を撮ったり、街の空気はちょっとだけ吸えた。
それもまた幸せ。
バロック庭園が見事なヴァイカースハイム、三十年戦争で破壊を免れた中世都市ローテンブルク、街を一周する城壁が完全な形で残っているネルトリンゲンなど、それぞれ1日ずつかけて回りたい街がたくさんあった。

中世の自由都市は、城壁で囲まれている。
これまで写真で見ても、壁にはさしたる貫禄を感じなかったが、実際に行ってみると思いのほか高くて立派。確かにこれを超えるのは簡単ではない。

夕方、ロマンチック街道を走り、スイス国境近くの街Fussenに着いた。
スイスが近づくにつれ、緑色の牧草が周囲を囲み、牛が放牧されていて雰囲気がガラリと変わり、何となく「スイス」という感じがした。車窓から見えるアルプスがどんどん大きくなってくる。
駆け足でも、それなりに魅力は満喫したロマンチック街道のバスツアーだった。

2007年09月20日

5日間でドイツ一周(駆け足過ぎ!?) #2

そういえば、写真はこちらで公開中でした。

超駆け足ドイツ一周旅
しばらく使ってないうちに、Picasaがまた進歩してた…。

≪Koln & Frankfurt≫
ケルンといえば大聖堂。1880年に完成した、ゴシック建築のカトリック教会で、144mの高さは街のどこからでも見える。
1日目はフランクフルト観光の予定だったが、どうしてもケルン大聖堂は見て帰られねばと思い、ドイツに着いたその足でケルンを目指した。(飛行機の中で予定変更した)
マイン空港から、ドイツの誇る超特急ICEで50分。日曜朝10時前のケルンは、眠った町のように静かだったが、大聖堂ではミサをやっていた。
ちょっと肌寒い。午前数時間だけケルンで過ごし、すぐにICEに乗ってフランクフルトに戻った。

午後はフランクフルト。
中央駅から、市中心部に延びる大きな道をブラブラ歩いて行くと、大きな€のマークが見えて来る。欧州中央銀行。報道番組の背景の定番。
その近くにあるはずの、フランクフルトのシンボル:ゲーテ像が、地図に書いてあった場所から移転してしまっていて、しかも移った先は現時点では決して景観が美しくない場所だった(今後、その周辺の開発が進むらしい)。
例えゲーテであっても、都市開発に合わせて移動する。
それがドイツなのかもしれない。

フランクフルトの散策は、日曜で店が殆ど閉まっていることもあり、思ったより趣がなかった。
面白かったのは、ゲーテの生家を2次大戦後に復元した「ゲーテ・ハウス」。本物は戦争で壊されてしまったが、調度品は疎開していて難を逃れたので、ゲーテが使っていた机が残っていた。
恋に破れたゲーテが、部屋に飾っていたという恋人のシルエットが再現されていて、気持ち悪かった。

マイン川の川辺が、綺麗に整備されていて、地元の人がたくさん自転車に乗って遊んでいて心地よかった。のんびりしたヨーロッパの日曜だった。

2007年09月18日

5日間でドイツ一周(駆け足過ぎ!?) #1

日本に帰ってきたら、新聞に「総裁選」という文字があり、一体何のこっちゃという感じだったのですが…その後時差ボケも治り、リハビリは順調です。

今年の夏休みはドイツ。
実質5日間で、広い国土を一周して来た。
鉄道の力って偉大。ヨーロッパの鉄道網の力を思い知らされた。

書きたいこともいっぱいあるので、今週のんびりこの日記も書き綴ってみようかと。

≪Haneda-Kasnsai-Singapore-Frankfurt≫
今回のヨーロッパ行きは南回り。
お昼過ぎの飛行機で羽田から関空へ、そこからシンガポール航空(SQ)のB777-200でシンガポールへ飛んだ。
ちなみに、航空券は羽田-シンガポール-欧州の3レグの往復で10万円ちょこっと。成田発の直行便より安い。
ただし、飛行距離が長いので、原油高の影響を受けて設定される燃油サーチャージはどんどん膨らむ。
時勢柄、省エネに越したことはない。

乗換えで寄ったシンガポールの空港では、電光掲示板から自分が乗るはずの「FRANKFURT」行きの便を探すも見つからず、焦ってカウンターを探し走り回った。乗り遅れた…!?
簡単なカラクリで、自分が乗る飛行機はシンガポール発フランクフルト経由ニューヨーク行きだった。だから、掲示板も"DESTINATION:NEW YORK"の便を探さなくてはいけなかったのだ。それにしても、シンガポールからドイツ経由で飛ぶニューヨーク、遠いだろうな。
ちなみに、Airbus340-600の就航により、Singapore-New Yorkは無着陸でも飛べるようになった。
シンガポールからさらに飛ぶこと12時間、まだ夜が明けぬフランクフルト・マイン国際空港に到着した。よく眠れた。

2007年01月28日

スロー・トラベル!?鉄道に揺られて2日間

飛行機で毎週大阪に通う生活にもちょっと飽きを感じたので、弟が薦めるままにこの週末北近畿を鉄道で旅行した。
近畿を2日間電車で廻り、明日の朝大阪のジョブ先に合流するというプラン。
のどかな単線をディーゼルカーで走る、ちょっとした「スロー旅」??
いや、特急電車とか使ってるので、どう考えても「スロー」とは呼べないのだが、在来線特急の旅は十分に新鮮だった。日ごろ、せわしない生活を送ってるもんだなー。

□1月27日(Sat.)
新横浜→京都(のぞみ)
京都→福知山(特急はしだて)
福知山→城崎温泉(特急北近畿)
⇒温泉に入ってのんびりー(^^;

□日曜日(Sun.)
城崎温泉→豊岡(特急きのさき)
豊岡→天橋立(北近畿タンゴ鉄道)
天橋立→三田(特急タンゴエクスプローラー)
城崎温泉 北近畿タンゴ鉄道
(左)城崎温泉 (右)豊岡駅で発車を待つ北近畿タンゴ鉄道の鈍行列車。車内に暖かい日差しが差し込み、よく眠れた。

この2日間で8時間くらい、電車に揺られて続けた。
なんていうのかな、日本にはこんなにいっぱい電車があるんだなーと。
大阪へ出張に行く際、700系ののぞみ号には乗る気にならない。
昔、二階建食堂車が走っていた東海道新幹線の主力車両には、いまやカフェテリアが連結されていない。
昨日も、弁当を買わずに新幹線に乗り込んだら、車内販売のカートから弁当が売り切れていて京都までポッキーで飢えをしのぐことになった。つまんねー。

久々に電車を満喫した。
以上の鉄道に関する詳細は、市場氏、卒論の合間にでもフォローしてください。

2006年11月23日

北陸ドライブ紀行 #1 川崎-富山

1年前に思い立った北陸の旅。
ちょうど去年の三田祭休みに企画したが、その時は卒論の実証実験が11月末に入り、敢え無く断念した。
金曜有給で4連休を取得し、1年越しで実現♪

お昼前、川崎の自宅を出発し、関越道をのんびり走る。
途中、赤城高原の紅葉が綺麗で圧倒される。サービスエリアでちょっとだけ長居。
富山には、関越練馬を出発してから4時間で到着した。

富山と言えば、2年前にインテック絡みのイベントで、Polycomを繋ぎに國領先生にお使いで出張して来た。あの時は國領先生・坪田さん・飯盛さん・高橋明子さんと一緒で、美味な酒を飲ませてもらった。
あの時坪田さんが教えてくれたおススメホテルに宿泊し、坪田さん好物のお酒を飲む。
卒業してから、意外な形で國領研の人脈の深さを感じる。不思議な感覚。

さて、富山と言えば、新鮮な魚介類と生酒。
toyama.jpg
魚介類を出してくれるお店を探してみよう。駅前をフラフラ歩いていて、明るい雰囲気の居酒屋を見つけた。サービスで出してくれた味噌汁が出汁が効いていて、ばあちゃんが昔作ってくれた味がした。
↑この海鮮丼と「三笑楽」・「立山」を冷で一合ずつ。いい感じで真っ赤に酔っ払った。

明日は、富山観光の後金沢へ向かう。明日も美味を探そうっと。

2006年09月24日

さようなら、日本の翼YS-11

何を隠そう、本日、乗りに行って来てしまった…!!(爆)

YS-11は、戦後日本が生んだ唯一のライン就航旅客機。
1962年に試験飛行に成功し、1972年までに182機が生産された。
終戦後、GHQによって航空機の開発・生産を禁じられていた日本がやっとの思いで開発した旅客機で、定評のあるロール・スロイスのダートエンジンと併せて、当時としては奇跡のような完成度を誇る。
特に、滑走路が1200メートルですむ離着陸性能は、国土が狭い日本においては、画期的だった。
以来41年間、日本でライン就航して来たが、来週土曜(9月末日)で旅客便からはリタイヤを迎える。
春先から、「引退前に乗りたいな」と思っていたが、九州まで出かけるとなるとなかなか腰が上がらず、半ば諦めていた。
ところが昨日、たまたまJALのページを見ていたら、どういう幸運か空席が一つ。
恐らく、誰かがキャンセルしたのだろう。
悩んだ時間およそ15秒、もう二度とないチャンスと思い、プラチナチケットを買ってしまった。

その12時間後、僕は羽田から福岡行きに乗って日帰り旅行に出かけた。
今まで経験したことがない、空港以外どこにも寄らない九州・四国旅行である。
ただ飛行機に乗るだけなので、羽田を出発してから羽田に戻って来るまで、わずか8時間強。
その間に、東京→福岡→徳島→東京を移動した。

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2006年09月23日

東海岸紀行 -ボストン・NY-

少し遅くなりましたが、東海岸旅行の写真&ジャーナル。

この旅行、日本-アメリカの往復は弟とともにし、現地では僕がボストン・弟がセント・ルイスを観光した。ちなみに弟の方は、このためにわざわざSt.Louisまで行ったらしい。
いい街だったようだが、こんな田舎、自分は一生行かないかもしれない。

≪Boston≫
大雨のシカゴから到着したボストンは、快晴だった。Mid-westとは大分天気が違うらしい。
それでも、かなり肌寒い。日差しは暖かいが、日陰に入ると半袖ではかなり寒く感じる。
だというのに、面白そうだったから湖上を走るボートで空港からダウンタウンへ移動してみる。ボストンならではの交通手段。
ボストンダウンタウン JAZZ 教会
ダウンタウンの湖畔の公園で、ジャズを演奏している人がいて、市民がそれを聞きつつ思い思いに勝手に過ごしていた。アメリカの日曜日の午後だなー。日本からの7000マイルの空間移動が、実感となった瞬間。

Hosteling Int. Bostonボストンの夜はユースホステル。なかなか立派だった。
ボストンは、街自体は狭い。今回も、ユースからダウンタウンまで地下鉄で移動し、後はひたすら徒歩でまわった。
日差しがまぶしくて気持ちが良い。まだ店が開いていない朝早くから、Seattle's Best Coffeeで買ったコーヒーを片手にブラブラと散歩した。のんびり出来る、よい街だ。
マーケット久々に味わう開放感だった。

ボストンの観光地を結ぶ"Freedom Trail"は、合計約2.4km。午前だけでは、さすがに完歩は出来なかった。米国建国の歴史を語るボストンの重要ポイントを、写真を撮りながらどんどんまわった。
午後は、Boston University(BU)に留学中のSFC同期(かの『戦日』グルワ仲間w)のところに遊びに行って、学生のふりをして大学の中を歩いてみた。Gパンにパーカーは、日本の学生よりもはるかに軽装。いいな、大学生。うらやましい。

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2006年09月14日

帰国前夜

祝!!ゴジラ松井復帰後初本塁打!!

ここ、NYでもテレビで"Matui", "Matui"と何度もリプレイをやっている。
そして、僕もヤンキースタジアムに応援に行って来た。
最も、昨日の試合を観に行ってしまったので、見事な3打席凡退を見届けただけだった。
今日行っておけばなー。
復帰後2戦目にあたる昨日の試合も、松井が打席に入る時にスタンドの半分以上のファンが立ち上がって拍手を送っていた。敵味方問わず、手厳しいことで有名なNYのヤンキースファンの、温かさに触れて結構いい気分だった。

Boston2泊、NY3泊のアメリカの旅も、明日東京に飛ぶだけになりました。
ブロードウェイから1ブロックの、このロケーション抜群の超オンボロホテル(部屋にネットが入らないので、ロビーの802.11bのワイヤレスの電波を気合で拾って使うしかない。良く言えば古きアメリカのホテルが味わえるが、いくらなんでも古すぎる)が、ちょっと好きになって来たところだった。
今度NYでブロードウェイに行く方いませんか?このホテルおススメですよ(笑)。

これから荷物を詰めて、ボチボチ帰宅しまっす。
非日常な旅から日常生活に戻る、この気だるさもまた、旅の一部(だと思う)。
というわけで、また日本でお会いしましょう。

2006年09月10日

Bostonのユースのnot so quietな夜

Boston到着。
成田からシカゴへ向かうJAL便は、30分遅れて出発したらしっかり30分遅れて到着し、もともとギリギリだったアメリカン航空国内線への乗り継ぎはドアクローズ直前に滑り込みセーフ。グッタリ疲れた時差ぼけの頭を引きずって目的地までたどり着いた。
日本から米国行きは、着いた日が辛すぎる。せめて夕方より遅くに着く便ならよいのだが…。

この旅行、シカゴまで弟と同じ便に乗ってきたので、シカゴの空港で米国入国審査を一緒に受けた。
僕はボストン、弟はセントルイスが目的地なのだが、入国審査官が弟にしつこく「何でお前はボストンに行かないんだ??」と聞いて来る。行かないのに理由なんてあるはずもなく、訳が分からず困った。
そしたら最後に一言、「俺はボストン出身なんだ。あそこはいいところだ。」・・・そういう話かよ。やれやれ。
その後、慌てて国内線ターミナルに移動し、僕はBoston行き、弟はSt.Louis行きのゲートにそれぞれ走った。3日後NYで合流する予定(無事にたどり着ければだけど)。
シカゴからボストンへ飛ぶフライトは、典型的なアメリカの短距離国内線という雰囲気で、カジュアルな服装のビジネス客が中心だった。ちょうど非常口座席の後ろに一列後ろに座っていたら、乗務員が非常口座席の客に、非常時に協力してもらえるかの意思確認を一人一人行っていたのには、その徹底ぶりにちょっと感心。
"I need your answer, "YES" or "NO"??"
一人一人が自分の口で"YES"と答えるところが、ちょっと滑稽で、でもとても真面目でよいことだと思う。日本人である自分から見ると、CAが小学校の先生みたいに見えたが…。

さて、今日から二泊はBostonのユースホステルに宿泊。ユースなので若い人が多いが、結構年配の人も泊まっている。
僕はラウンジにあるインターネット用端末の後ろの椅子から、ネットに興じる人々を覗きながら(悪趣味だ)自分の端末でこの記事をアップ(笑)。
こうしてみると、アメリカ人もネットの使い方は全然変わらない。
左側に座るブロンドヘアーの若い女の子はHotmailで長いメールを書いているし(彼氏にでも送るのだろうか)、その隣りの彼はスポーツ関連のサイトでアメフト情報をチェック。右側の彼女はさっきからAOM(AOLがやってるインスタントメッセ。要はMSメッセと似たようなもの)でチャットをしている。
せっかくのユースだから、もっと見知らぬ人と談話が進むものかと思ったが、さっきから期待したより他の人との絡みが少ない。
それでもユースは、大学の寮みたいで、やっぱり楽しい。一泊3000円くらだし。
誰か話しかけてみて、後は寝ようーとっ。

2006年05月13日

(鉄道マニア的!?)碓氷峠

土曜日丸一日使って、市場の案内で新緑の碓氷峠を見にドライブして来ました。

Read : 停 車 場

ちょうど3ヶ月前、ひろみ&市場と豚采を食べに行ったとき、市場が「新緑の碓氷峠はマジ綺麗っすよ」と言い出したのがことの始まりで、本当に行ってしまう執念は僕の暴走っぷりか。
このメンツに、かの「諏訪湖花火」仲間のめぐを含めて4人で行く予定だったが、めぐは唐突にも大阪配属を言い渡され、先週旅立ってしまった。一緒に行きたかった、残念。

ともあれ、市場が碓氷峠の見所を案内してくれたので、霧立ち込める新緑の高原を満喫できました。
言うまでもないことかもしれないが、市場の案内だったので、内容がとても鉄道マニア的。

並んだ列車を眺める某鉄道マニア。横川駅にある「鉄道文化村」。 英国から輸入したというSL。煙をたくさん吹いてくれたのはサービスか。
釜飯
(左) 並んだ列車を眺める某鉄道マニア。横川駅にある「鉄道文化村」。
(右)英国から輸入したというSL。煙をたくさん吹いてくれたのはサービスか。
(下)横川駅で買える、峠名物「釜飯」。別に珍しいものではなく、SFC秋祭で買えるらしい。

ドライブは朝に環八沿いに集合し、関越道でまっすぐ軽井沢を目指す日帰りプラン。雨の中、(高速をちょこっとだけ飛ばして)一路碓氷峠。
市場君のガイドは、まずは信越線、横川駅から。かつて、長野へ向かう信越本線の特急電車は、この駅で電気機関車を2両重連で繋ぎ、峠越えに力を添えた。長野新幹線の開通で、現在の信越線は横川駅で途切れ、電気機関車を繋ぐ名物の光景も見られない。
途切れた線路の上に「鉄道文化村」が出来ていて、列車が展示されていた。

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2006年03月18日

London -UK Journal #8

今日はまったり、のんびり…福永家はよかった
先週ロンドンに引っ越してきたばかりの、福永さん(@國領研秘書チーム)のお宅にさっそく泊めていただき、投宿した一人目の客となってしまった。何て図々しい…(苦笑)。
朝、目覚めても、家でお茶を頂いて、しばしのんびり。で、「ところで今日は何するの!?」という話になった。普通、ロンドンまで来たら観光とかするんじゃない?という意味らしい。
ロンドンはよい街なので、別に何もしなくても十分幸せなのだが、ただブラブラするには今日は寒すぎ。そんな感じで相談の結果、ベタにロンドン塔(Tower of London)とか行ってみた。映画『エリザベス』にも出てきたロンドン塔は、英国の血まみれの歴史の舞台で、多くの人がここに閉じ込められた挙句、処刑された。
だから今でも幽霊が出るらしい。残念ながら会えなかったが。
拷問具から宝石類まで、展示が思いのほか面白かったので、見学に熱中。昼食も食べ忘れていたので、3時過ぎにパブに入ってFish&Chipsを食べた。
そして荷物を取りに福永亭に戻り、ビールとかいただいてまたしても長居をしてしまい、夜日が落ちてからようやくオイトマ…。今日は何をしたのかよく分からない日だったが、ロンドン塔は面白かったです。

明日はいよいよ、最終目的地に到着。楽しみだし、ドキドキするなぁ。
今夜泊まっているホテル(今日フロントで頑張って値切った)は、また格安なので期待していなかったのに、どこかご近所の無線LANが勝手に入ってくる。ラッキー。

2006年03月17日

Rome -Italy Journal #7

今日は晴れたぞー!!
夏のような強い日差しの下、ローマの町は色鮮やかで、インパクトが強かった。

朝からジェラートを食べて気合を入れ(!?)、高校生の頃から一度は見てみたかった、ヴァティカン博物館・システィナ礼拝堂に描かれた、ミケランジェロの『最後の晩餐』のために列に並んだ。
高校の頃、なぜか分からないが、この絵の写真を見た瞬間、どうにも言いようがないくらい衝撃を受けたんだよな…。本当に、理屈では良く分からない感触なのだが、とにかく一度これを見に行かなくては、と思った。だから今回、ローマを行き先に加えた。
そして実物を見た。期待以上だった。
あー、これを見たかったのだな、と。

たっぷり行列に並び、見学にもたっぷり時間がかかったので、バチカン博物館を見学しただけで時間切れとなり、荷物を持って空港へ。
それでも、十分に満足していた。

2006年03月16日

Rome -Italy Journal #6

今日からローマ!!永遠の都に、ついに到着した。旅も終盤が近い。
ローマ駅にて、EurostarItaliaの写真朝早く、ミラノ中央駅からEurostar Italiaという特急に乗り、お昼過ぎにローマ中央駅に着いた。電車は、指定席料込みで、2等車でも€46.48もした。高い。実際に乗ってみて、ECよりグレードの低い、IC(InterCity)でも十分だったかな、と少し後悔した。最上級の特急はとても快適なのだが、客層はスーツを着込んだビジネスユースの人が中心で、貧乏旅行丸出しのバックパックで乗り込んだ客は、周囲には自分のほかいなかった。自分だけちょっと浮いていて、何だか気持ち悪い。座席指定なしで乗れるInterCityの方が、旅情もあって楽しかったかも。
ヨーロッパ鉄道の旅は、小学生の頃叔父にその醍醐味を教えてもらって以来、一度はやってみたくて、まだ実現していない夢の一つ。とにかく時間がたっぷりかかる(スイスを回るだけでも1週間じゃ足りない。)し、出来れば英語以外にもフランス語やドイツ語で日常会話が出来た方が楽しいのだろうが、いつかはお金をためてやってみたい。本当は、25歳までなら格安のユースパスが使えるのだが、来月から25歳までは絶対に無理だろう。

コロッセオを遠目からさて、到着したローマは雨だった。
傘を一本買い、駅周辺のホテルを探す。フロントの感じが良かった、3つ星のホテルが気に入り、チェックイン。一泊だけなので、少し奮発してみた。「ネットが使えますよ」というのと、「すぐ近くにコインランドリーがあります」と言われたのも、決め手だった。そろそろ洗濯をしないと衣類が尽きるし、きっとメールも溜まっているはずだ。

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2006年03月11日

Istanbul -Turkey Journal #1

シリコンバレーから帰国した16時間後、僕は再び成田に来てていた。
超強攻策、帰国から1日も間を空けずにも出国で、一人旅に出かける。
今日の目的地はイスタンブール。初めて降り立つトルコの大地。

トルコに入るには、トルコ航空のイスタンブール直行便が便利だが、今回はロンドン経由。春休みにどうしてもロンドンに行きたくて、半ばそのために企画したような旅行なので、これは悩まなかった。午前11時発、BA6便Boeing747-400に、昨日までの疲れが抜けない体を無理に連れ込み、窓側の席に腰掛けた。
機内のサービスは、昨日お世話になったNorthwestと比べれば格段に質が高く、アメリカとヨーロッパの違いを思い知ったが、それでも大分簡素化している感じは否めなかった。航空業界への逆風は続く。
成田を発って12時間半後、London Heathrowに到着。機内では、ほぼずっと寝ていたため、特に憶えていることがない。途中、機内食を食べほか、1時間ほどPCを開いて昨日までのシリコンバレーの残務処理をしたが、それ以外はずっと眠っていた。
Heathrowでは、もう一度セキュリティゲートに並び、前に並んでいた女の人が、携帯電話の会話からSFC生だと知って唖然とし(でも話しかけなかったが)、Istanbulへ向かうAirbus320に乗り換え。夜10時過ぎ、闇の中Istanbul Ataturk空港に到着した。このフライト中はさらにひどく、プッシュバックが始まる前には眠りに落ち、機内食のサービスにも気づかず、Istanbulに着くまで熟睡していた。いったい機内では何があったのだろう。隣に座っていた、トルコ人の年配のご夫婦がとても優しく、上空で一度目覚めたときに腹が空いていないか尋ねて来た。
空港ではお金を両替して、そのままTaksi(タクシー)に乗り込み、YahooTravelで予約してあったホテルに向かってもらい、言われるままに料金を払い(後で調べたら、タクシーの値段は適正価格よりさらに安いくらいだった)、ホテルにチェックイン。
ホテルの部屋はとても快適で、「シャンプーのかわりに使って見て下さい」と英語で書かれたオリーブ石鹸で髪と体を洗ったら、髪も体も気持ちよくサッパリし、それをコットン100%のボリューム感たっぷりに織り込まれたタオルで拭いたら、一瞬で体が乾いて、この上なく気持ち良かった。

帰国翌日の強行軍で、無理があることは重々承知だが、一人で気ままに旅が出来た今日はとても幸せだった。全てが自由だった。イスタンブールの空港を出た瞬間、異国に初めて降り立った不安と期待、そして何もかもが新鮮に見える車窓が、旅の醍醐味を思い出させてくれた。
明日から、また楽しもう。

2006年03月10日

Silicon Valley Tour

研究会の仲間で、シリコンバレー見学と、発表の機会も兼ねたわずか3泊5日の強行米国西海岸ツアーに行ってきた。
毎回のことながら「幹事」だったのだが(withてつろー.Y)、これ、結構難しい。地図を見ながらのスケジュール設定(シリコンバレーを短時間で回るには、どうしても車で移動する必要があるが、道が混む。)とか、すっごい面白いのだが、面倒といえば超面倒。でも、サンフランシスコのベイエリアは、2年の夏休みに1ヶ月滞在した、思い出深い場所。そこをみんなに案内出来るなんて嬉しいし、大好きな土地を再訪出来るのも嬉しい。それに、海外でのアポイントメント設定やら旅行のスケジュール管理やらは、今後ビジネスフィールドでは役立ちそうな実践的なノウハウなので、やって損はない!!…はず。
See Photo Album > Silicon Valley Tour : Kokuryo Lab., Keio U.
てつのBLOG「で?」

【1日目】
成田集合。浮津君(めでたく、塾長賞受賞!!おめ!!)と久子さんを乗せて車で集合。早い、すっげー楽。
UC Barkeley2年半前、Stanfordへ向かった時にも乗ったNorthwest28便にSan Franciscoへ向けてon board。2年半前、研修に行ったときは、同便でボロいDC-10だった。時代の違いを感じた。もう若くないな。なんだか懐かしい。同日早朝、Bay Areaに到着した。
San Francisco市内観光を、「てつろーツアー」(←ゲイバーとか行ったらしい)とくどーツアーの二手に分かれて行い、僕のツアーは多数決の結果、UC Barkeleyを訪問することに。憧れの大学。図書館に座ってみた。

【2日目】
朝からレンタカー。初のアメリカドライブは、牧さんの後をソロソロと走り…いきなりRoute101。所謂、フリーウェイというヤツですな。怖かった。

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2005年08月20日

Tsugaru Travelog

以前、言語学者の大野君に"Tsugalish"という大変光栄な名前と紹介文をいただいたが、ええ、つがりっしゅですとも…
故郷をのんびり旅行して、今日は仙台に移動。

八戸から在来線特急に乗って、青森駅へ。ホタテラーメンを食べ、青函連絡船八甲田丸を見学した。「津軽海峡冬景色」は、この船からの情景を歌ったもの。今となっては再現出来ないかもしれない。2年前、竜飛まで行ってみたりもしたが…。

青森駅周辺見学後は、五能線「リゾートしらかみ」号から津軽鉄道に乗りついて、金木へ。母の家があるところ。太宰治の生家がある町だが、最近「平成の大合併」で隣りの市に組み込まれた。やはり寂しいらしい。

津軽の旅は、車がないととことん不便である。でも、その不便さを味わわないと、本当の津軽にもまた触れられない。人が減り、若い人は車に乗り、病院は減り、北東北の、さらに最北端の、決して明るくはない現実を、観光客は見ずに帰る。

今日は高速バスで仙台に戻って来た。ちょうど車内にいた頃、駒大苫小牧が2年連続の優勝。過疎の町の代表。雪の中で練習したんだろうな…。
「熱闘甲子園」ええわぁー。(←sakiみたいになってきた)
もう来年まで見られないのね。

2005年04月24日

Viva!! ちばらき国!!

6年間温めていた記憶と、さわやかな田舎の空気を求めて、茨城県までドライブに行ってきた。
昨日記事にした事情もあり、頭をリフレッシュしたかったし、天気がよいので車も走らせたかった。

目指すは、ザ・ちばらき国。どれくらい田舎かというと、

これくらい田舎です。

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2005年03月21日

Happy Holiday at Kobe

弟の新生活応援旅行、その二日目。
今日は生活に必要なものを購入する日。
三田市内に安そうな大型量販店が一店(サリー)しかなく、しかもそこに家具が置いていなかった。
そして、大学に行ってみようにも、休日のバスは滅茶苦茶本数が少ない。
どうやって生活しているんだろう…。


大学のキャンパス。やっぱりスタンフォードに似すぎだと思う。
# ちなみに、こっちが本物のスタンフォード。Clickして見比べてみて下さい。

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2005年03月20日

Happy Holiday in Kansai

関西の某大学に進学することになった弟の部屋探しで、兵庫県三田市に一泊旅行


昨日夜遅くまでWEB適性検査を受検していたので、寝不足のまま羽田へ向かう。
おなじみ(?)の京急バスでみなとみらいから出発。

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2005年02月16日

Naha Day

半日だけの、那覇観光。
選んだのは、首里城。やはり基本でしょう。
期待していた守礼門は改修工事中だったし、本殿も下半身が工事で覆われているという不運ぶりだったが、室中の展示を眺めたり、城内を散策するのも一興です。
それにしても、修学旅行の高校生ばっか…。

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2005年02月15日

Okinawa night

2年半前の夏にコペンハーゲンに飛んだときのStarAllianceマイルが去年12月で失効だったので、年末に慌ててANA国内航空券をゲット。
沖縄往復を予約したものの、就活で2度も予約変更してしまい、やっと、今日、沖縄に飛来。
せっかくだから優雅に沖縄を旅したかったけど、15日=朝赤坂でミート、IDバスラボ、17日=某通信系企業説明会という予定に挟まれ、何と1泊2日。那覇に滞在した時間は20時間くらいかなー。

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2004年12月18日

Drive at daybreak

久しぶりに高速道をを長距離ドライブ。
朝の雰囲気と車窓が印象に残った。

土曜の朝、4時半から起きだし、愛車のエンジン始動。東名高速を東京へ上る。
まだ真っ暗な未明のハイウェイを、大型トラックの群れが途切れなく流れる。みんながまだ寝ている時間から、日本のロジスティックスは動いている。
東名を降り、環八。さすがに、朝6時前はすいている。あ、今日は土曜か。
荻窪駅前で、國領研(1)SAのはまこーと合流。彼を待つ間、青梅街道に車を停め、真っ暗な街が、うっすらと明るくなるのをボーっと眺めた。荻窪駅前の夜明け…いや、ここ東京には、日が昇る前から活動を開始している人がたくさんいる。今から、活動を終えて家に帰る人もいるんだろうな。
はまこーを乗せた我が愛車は、朝日を背に関越自動車道を快調に走り、一路群馬へ。前に広がる山々が綺麗だった。ちなみに、オ○ビスは一個発見。高速を降り、下道を少々走ると、予定より一時間ほど早く桐生市街地に到着した。

2004年12月06日

Mt.Fuji

Read:scrap book of monolog

究極の現実逃避。午後、全てを投げ出し箱根へドライブ。
もはや、言い訳はしません。暇ですよ、どうせ。アホですよ、どうせ…!!
あのアホなメールに返信をくれた瀬古っち&畠田ありがとー。
快晴と富士山が俺を誘ったんだよ!!
紅葉ももう最終盤かな…
#詳しくは、相方のBLOG参照。

2004年12月05日

Return

2泊という驚異的短さの台湾旅行を満喫し、帰国路。
朝はやはりゆっくり寝て(疲れているらしい)、準備が出来た頃、ホテルの部屋をノックする音が。何と、JerryとTyrenが見送るためにわざわざホテルまで来てくれた。昨日の夜電話でそんな話をしていたが、まさか部屋まで来てくれるとは…。
ホテルから空港行きバス乗り場まで、わずかながら最後の会話を楽しんだ。聞くと、Jerryは今月中に渡米し、マスター・ドクターを取得するまで6年留学するという。彼に台湾で会うことはしばらくない。シカゴで会えばいいか…。
空港で土産を購入し、定刻通りキャセイのBoeing747-400にon bord。機内でもたっぷりと睡眠をとり、成田まで飛んだ。夕方の成田ラッシュで20分ホールドしたが、その分上空から富士山の向こうに沈むサンセットを眺めることに。空の上からこんな綺麗な夕日を見るのも久しぶりだ。天候に恵まれなかった旅行も、最後にちょっとしたプレゼントが待っていた。

2004年12月04日

Taipei night... #2

懐かしくてちょっと寂しい、台北の夜、2日目。

朝、寝坊する。目覚ましは鳴ったような気がするが、体が起き上がらない。迎えが来る30分前にやっと活動を開始した。慌てて身支度し、YMCA内に入っているレストランでサンドウィッチを駆け込む。
約束の9時を少々過ぎた頃にロビーに出てみたが、まだ迎えも到着していない。天気が悪いので、ここへ来るのも大変なんだろうな。
20分ほど待ったところで、Lawrenceが到着。直後にJerryもやってきた。Jerryとはクラスメートだったのと、寮で部屋が向かい合っていたこともあり、研修中とにかくよく話した仲。メッセンジャーでは時々話すが、直に会うのは帰国して以来1年半ぶりなのだ。
地下鉄の駅で、さらにもう一人のクラスメート、Michelleとも合流。それにLawrenceのお兄様も加え、この4人が今日の昼間案内してくれるという。そのボランタリーが、素直に嬉しい。

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2004年12月03日

Taipei night...#1

暑くて熱い、台北の夜…1日目。

夕方6時半に、キャセイの直行便で台北中正国際空港に到着した。予報通りの、強い雨。SARS対策だろうか、空港では、入国審査より先に、サーモグラフィーによるヘルスチェックが行われていた。難なく通り過ぎれると思っていたら、呼び止められてしまう。耳穴をほじくられ、検査を受けた。多分、機内で飲んだワインで顔が火照っていたのだろう。意外なところで、自分のお酒の弱さを実感した。

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2004年10月23日

ITS見学で初めての名古屋 #2

名古屋市国際展示場で、ITS未来博を見学。

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2004年10月22日

ITS見学で初めての名古屋 #1

午前の授業終了後、明日美と一緒にドライブで名古屋に移動。実は、生まれて初めて行く名古屋。

名古屋で行われている、ITS世界会議にどうしても行きたくて、週末名古屋へ行くことを決意した。実は木曜日に出発しちゃおうかとも思ったが、あいにく予定通り授業があったので金曜出発にした(台風23号の影響で学校が休講になることを期待したが…不謹慎)
電車で行くか悩んでいたところ、たまたま岐阜県多治見市でセミナーとやらに参加する明日美も便乗してくれることになり、車で午後の東名を走って名古屋を目指す。途中、富士川S.A.と浜名湖S.A.という、風光明媚なパーキングで小休憩、快晴の東海道も満喫した。車内の話題は…マル秘です(苦笑)。でも、Mっしーを知るあなたは強いわぁ…
道路は、豊田から名古屋まで断続的に渋滞していて、名古屋駅に到着したのは夜8時過ぎ。JR名古屋駅の入場券を買い、名物(?)らしい、1番線にあるきしめんを食した。
JR名古屋駅1番ホームのきしめん屋さん

準備万端で出かけてきたつもりだったが、体育の予約をキャンセルし忘れていた…初の無断欠席。

2004年08月24日

Coming back to Tokyo & ID-Business Lab.

富山を朝出発、鉄道で都内へ戻り、そのままIDビジネス社会ラボに出席した。

富山では駅弁で「ます寿司」を購入。これを上越新幹線の中でいただき、東京へと戻る。地下鉄の駅から地上へ上がると、排気ガスでまみれた首都高3号線の下の六本木の喧騒が…。うぅむ、都会に帰ってきてしまったんだなぁ。赤坂のアークヒルズには結構余裕を持って到着出来たため、スタバで買ったコーヒーを片手にPCを開いてしばしの休憩。
今回のラボは、慶應SFC研究所側からの報告がメインという感じで、あまり突っ込んだ議論は行われなかったが、参加されている企業の方から大変面白い話もあり、思わずこちら側が聞き入ってしまった。

ラボ終了後に、田島君とアークヒルズで待ち合わせ、軽く食事をした。
うぅむ、疲れた…帰って寝よう。

2004年08月23日

富山で地域情報化ウィーク #2

富山2日目は、午前中はお食事に招待されました。
午前10時に富山駅前に集合して、車に分乗。高速道路を利用して県西部の庄川の方へと案内された。食事前に、温泉に足をつける「足湯」を体験、その後山の中の隠れ家のような料亭で、自然の恵みとおいしい生酒を味わわせていただきました…最高。

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2004年08月22日

富山で地域情報化ウィーク #1

現在、富山市で地域情報化を考える連続イベントが開催されていて、國領研からPolycomスタッフとしてやって来る機会に恵まれた。
この富山のイベント、地域でビジネススクールばりのケースメソッド討論を行う「富山鳳雛塾」(國領研究室の飯盛さんも中心に関わっている)の初回討論会に、CANフォーラムも便乗する形で大々的な連続イベントとなった。ちなみに、CANフォーラムの模様は東京にもサテライトで遠隔中継されるので、僕にもPolycomを接続するスタッフとして國領先生からお呼び(?)がかかり、往復の航空券と旅費を支給される形で参加することが出来た。6月の上海出張に続き、研究室の遠隔では相当おいしい思いをさせてもらっている。

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2004年08月09日

ドライブ、ねぶた、仙台七夕…ぽったと弾丸トリップ

弾丸ドライブで、青森のねぶた・仙台の七夕と、故郷の夏祭りを見てきた。ぽったと二人で、3日間で1751kmを旅したことになる。東北自動車道を全線走破し、東北の祭りを堪能した。

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2004年08月03日

國領研夏合宿

三浦海岸で行われた、國領研究室の夏休み合宿から帰宅~!!
参加する学生として、幹事として、いろいろありました…。
camp1.jpg

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2004年07月11日

機内で書くBLOG…三回忌帰省

週末、一昨年亡くなった祖父の三回忌のために東北に帰省した。3日分まとめて、復路の機内で書く週末のDiary...

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2004年05月16日

Hakone

箱根にドライブに行って来た。昨日成田まであれだけ走ったのだからやめておけばよかったんだけど、ぶち(注)に「ドライブに行こう」って誘われて急に行きたくなり、結局昨日から密度の濃いお付き合いの市場も誘って3人で出かけてきた(ちなみに、sakiとかHaRuKaも誘ってみたけど、現役はやはり忙しいらしく、丁重にフラれた)
西湘BPからR1を走り、箱根を登る。山道に僕のEXiVは少々サスが硬すぎるらしく、同乗したお二人にはつらいドライブになってしまったようだ。
箱根を越えてから御殿場まで、濃い霧の中を『ラストサムライ』のサントラを流しながら走る。その風情たるや感動するくらい幻想的だったけど、やはり視界の悪い山道の運転は怖い。御殿場へ下っても霧が晴れなかったため、R246は危ないな~と思い、割り勘で東名高速を使って帰宅。道路公団に貢いだ週末でした。

(注)ぶち:野球少年、デザイナー、作曲家。かつては麻布高で鉄道模型を作っていたほか、学校のMIDI端末を占拠して作曲に励んだりもしたらしい。現在も作曲を手がけるほか、Flash、Illustratorを操る。僕的には何でも悩みを聞いてくれる、大変お世話になっている方です。別名:ぶっち

2004年05月15日

Narita Airport

9ヶ月ぶりにやってきた成田空港。僕が日本で一番好きな空港だ(KIXも便利でいい空港だけど、ちょっと安っぽい)。始めにTerminal2の屋上へ。サテライトでは引退を控えたJALのDC-10-40が、プッシュバックを待っていた。3発目のエンジンを垂直尾翼に誇らしげに掲げ、ジャンボとトリプルに挟まれてもまったく動じずに黙々と働く姿には、往年の名機のオーラを感じる。そういえば、高校時代、仙台空港でホノルルへ飛ぶJALWaysのDC-10をよく眺めていた。現在、仙台からホノルルへ飛ぶ定期便はない。
JAL新塗装のBoeing747-400やら旧塗装ジャンボやらを眺め、無料バス(天然GASで走っているらしい)でTerminal1へ。夕方のラッシュの時間が近いらしく、スポットはプッシュバックに忙しかった。出発機がなかなか出発せず、Northwestのジャンボがスポットイン出来ずにエプロンで待たされるなんていうハプニングにも遭遇。現代の日本のフロントである。
しばらく飛行機から遠ざかっていたが、やはり空港の屋上に来ると単なる飛行好きだった頃に帰れる。夏休み、頑張ってまた旅行に行きたいな…と思って成田を後にした。

Drive from Shonan to Narita

昨日、車で代ゼミに添削を提出しに行き(しかもタダ働きまでして!)、その勢いで逗子→横須賀→辻堂と走ってしまった。どうやら、一度車を動かしだすと力果てるまで走り続けてしまう性格らしい。
そんなわけで昨日走り疲れたので、お昼まで布団から抜け出せず…やれやれ、今日は家で火曜のプレゼンの準備をしようかと思った頃、携帯が鳴る。Senderは市場(注)だ。

「今から羽田空港行きません?」

…マジ?

でも、僕も僕で「最近飛行機見てないな…でも行くなら成田がいいな…」と思ったのが運の尽き。メールに「成田に一票」とだけ返信すると、30分後には愛車コロナEXiVを駆り出し、市場を乗せて走り出していた。
環状4号、中原街道から保土ヶ谷BPを通り東名横浜町田まで抜ける。土曜昼の東名はガラガラにすいていた。気持ちよく3車線目を飛ばして首都高3号線へ。途中、料金所の手前で初心者マークをつけたBMWが鼻の先に割り込んできて思いっきり急ブレーキ!どうやらこのBMW、まったく後方を気にしていないらしい。おいおい…首都高に入るならミラーくらい見られるようになってから来ようよ…と悪態を吐きたくなったが、そういう僕も1年前、まったくの初心者で首都高を走り、怖い思いをしたかも。初心者の頃は誰でも失敗はするものです…そういう僕もまだかなり下手だし。その後は別に特に問題もなくC1、11号線を通り湾岸線に入る。日本のウォーターフロントはどこか騒がしい、、何となくnot so quietだ。東関東道を気持ちよいスピードで走り、湘南台から2時間で成田空港第2ビルに到着した。車の運転、自分でも上手くなったな~と思ってみたりする。でも、隣りの市場君は、僕が高速道路上で2回程思いっきりブレーキを踏んだのでちょっと怖かったみたいだ。はい、以後気をつけます(どっちも僕のせいではないんだけどね、スピードは控えめに...)

(注)市場:「いちば」と読む。人類、男性、広島産。鉄好き、車好き、その他いろいろなモノが好きな多趣味な男。寂しがり屋さん。好きな車は日産系。去年、七夕祭で「未来の車展」なる企画を担当し、工藤に出会ってしまった。