2005年03月30日
Two of dream stadium
未来の小売店舗について考える資料、無事完成。
夜10時-1時までバーミヤンでミートをして、後は家でWord+Illustratorの最強コンビ。
Illustratorなしでは生きていけないということを、改めて知った。
出来れば、今年の6月はイラレなしで平和に過ごしたい。
今日(日付では昨日)はタイヤ交換の後、慶應義塾高校をテレビで観戦した。
慶應の甲子園出場で、我が仙台育英がいかに慶應の真似ばかりしているかが全国にさらされることになってしまった。
ユニフォームのデザインはまったく一緒、応援団の掛け声も一緒とくれば、これは真似としかいいようがない。仙台育英校長は慶應経済学部の出身で、ソシアルマーケ担当の某教授と同期だったらしい(一度講演に来た)。とても慶應が気に入ったらしく、「校長先生のお話」で「私学人」やら「半学半教」やらといった言葉を安っぽく持ち出して顰蹙を買ったりする。
どうかと思うよ…。
そして、そんな仙台育英から慶應に来てしまった俺っていったい…。
そういう感じで、僕を含めた多くの仙台育英生は現役時代、母校にあまりよい感情を持っていなかった。いや、いまどき愛校心に燃える高校生もレアかもしれないが、仙台育英生の母校嫌いは結構有名だった。特に、あの校長にはネガティブな感情を持っている先生・生徒・OBが多い。
そんな仙台育英高校だが、一度甲子園まで応援に出かけると、何となく母校を好きになってしまう、そんな不思議な経験をした人間が、少なからずいた。
汗を流しながらの応援、勝者のみに許される球場に響く校歌、そして、敗者だけが味わえる不思議な一体感…。甲子園に行って一番良かったと思えるのは、敗れたときなのかもしれない。
僕はというと、卒業直後の春休みのセンバツを応援しに、自費で甲子園球場に足を運んでいる。かの芳賀君がエースだった年で、センバツ準優勝という思いがけない栄誉を手にした。自分の高校を甲子園で応援出来るというのは、誰でも出来る経験ではなかったし、あの年の育英は強かったので面白かった。
そして、今年のセンバツ大会。甲子園に響く「若き血」…。
高校野球の聖地に、神宮球場の応援歌が持ち込まれたみたいで、少々違和感もあったが、甲子園に流れる塾歌も、すんなり喜べた。
アルプスから球場中に響く肉声は、最近の鳴り物一辺倒な応援にあっては、かえってすがすがしくも思えた。
甲子園、そして六大学野球、その両方の雰囲気を知る人は、多分そう多くはないと思う。(もちろん、今甲子園に行っている塾高生は経験するのだろうが。)
甲子園と若き血の不思議な接点が、母校仙台育英を思い出すきっかけになった。
悪くない高校を卒業したなーと、いまさらながらに思ってみたりする。
- by yuhei.k
- at 04:23

comments
違法コピー、良くない!
そうやって卒業してから母校を想うと、いまさらのように「悪くない」って思えるから不思議だよね。
当時はそんな感情なんてほとんど湧きもしなかったくせに。
>出来れば、今年の6月はイラレなしで平和に過ごしたい。
それは多分、人の好い工藤君にはちょっと難しいんじゃないかと。。。
そして大野君はなぜ「違法コピー」という言葉を選んだんだ?
>おにょん♪
直リンクだけど、やはり権利者に無断は御法度ですよね。
削除しました。ご指摘ありがとう。
>Hisashi
鎌倉高校はロケーションが素敵過ぎる。
初めて江ノ電でとおったとき、感動したよ。
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